私のニオイエビネとの出会いは、学生時代に先生(ラン科植物、植物繁殖などが専門)から、「ニオイエビネは交配によって香りが遺伝するので育種で役に立つ」というお話を伺い、私はランの専攻ではありせんでしたが、花の香りに興味があったので、関心を持ったのが始まりでした。
しかし、実物のニオイエビネに出会うことは少なく、意外なことに洋蘭店で立派な株を見かけたことがありました。
社会人になって、1979年にはじめて大阪梅田の園芸店(フェニックス)で「神津島山取ニオイエビネ」の札がついたボロボロの株を発見し、5000円出して買ったのが始まりでした。今も手元にあり、ニオイの血が濃い淡紫桃弁コオズで香りが良い思い出の株です(購入後、枯死しかけましたが復活)。
1980年代~90年代前半頃は、まだニオイのシブリング交配はほとんどなく、自然種ばかりだったように思います。一部の業者さんがニオイ系交配をはじめておられましたが、一般的な交配育種ではサツマ系やコオズ的なもの(ニオイ系、コオズとジエビネではなくサツマ、ヒゼンなどとの交配)が多いようでした。趣味で交配をする人もたくさんおられましたが、育苗の手間や咲いてガッカリなども多く、良い交配種を買う方が手っ取り早いと考える人も多かったと思います。
当時は、色彩が美しく花型の良いコオズの評価が高く、ニオイエビネは色彩のバラエティが狭いうえに花型も反転咲きで、他種のエビネの鑑賞価値基準とはマッチせず、ごく少数のマニアックな人たちが関心を持っているくらいのように感じていましたが、いざ入手しようと思っても数が少なく、かなり高価で収入の少ない若者にとっては手が出にくいものでした。
80年代に入って、交配に使うための入手を目的に、雑誌の情報などを頼りに分譲をお願いしたり、展示即売会や百貨店、物産展めぐりなど、あちこち(関東、東海、中国、四国、九州)に強行軍で行ったり、手紙でやりとりしながら、通販のハシリのような買い方もしました。展示会の会場などで、多くの人たちがその場で話す内容をそばで聞いたりしたことが大いに役立ちました。
当時入手したニオイエビネが今も残っていて、幸いなことに記録をつけていたので入手年がはっきりしています。中にはずいぶんひどいモノもつかまされましたね。
ニオイ以外のものも(コオズ、サツマ、ヒゼンなど)交配親を探す目的から入手していましたが、こちらは株がないというようなことは少なく、良い自然種が値崩れして安く買えることもありました。ただ、ウイルスは多かったので注意はしていました。
当時のニオイは自然種ばかりで濃色株はほとんど見かけなかったですし、花型も暴れまくっているような株が多く、力強い野性味の強い株が多かった印象です。数少ない銘品と言われる開花株を見る機会もほとんどなく、きっと栽培難、増殖難で展示できるような株が少なく、やっと咲いたぐらいの株では見栄えがサッパリで商売にもなりにくかったのではと思います。
展示会では、ニオイの血が濃く、やや濃色な株などは、あえて人気のあるコオズと称されていたものもあったように思います。そういうものを狙っていましたが、高価で少なく、欲しい株がすぐに入手できるような状況ではなかったですね。
当時あえてコオズと呼ばれていた品種が、後にニオイエビネが人気になりだして、ニオイに変わったりなど、時々の都合によってニオイ、コオズの境界はいい加減なところがあったように思います。
1990年代中頃まではニオイを含めて自然種を買っては設備の整わぬ中でいくらかの交配を繰り返して開花株もできていきました。その後は子供達が成長真っ只中、また仕事も忙しくなり、エビネに経費や時間をかけることが厳しくなって、新たな購入や交配も中断し、しばらく停滞の時期が続きました。
御蔵島産ニオイエビネ:無銘手持ち株から
8501 1985年 御蔵島産のニオイとして入手。
高橋先生の示されたニオイによく似た株で原種的ニオイの特徴を備え、秀品と思います。
秋にヤフオクに出せるかも? 興味ある人は育ててみて下さい。
8102 1981年、御蔵島産のニオイとして小苗を入手。
ニオイエビネでも青紫系は注目されていて、このような野性味のある青紫の株は少ない方で、私も魅せられました。この株は形的にはニオイの特徴が強く、よく暴れて咲きます。殖えませんね。

8405 1984年 御蔵島の栽培者とつながりのあった八丈島の業者さんから御蔵島産ニオイとして入手。こういうタイプのニオイは多かったように思いますが、その中ではやや濃色の方で、これも殖えません。蕾時は濃紫ですが、咲くと色が変化し桃紫色になっていきます。香りが強いです。
このような原種的なニオイエビネを大切に栽培している奇特な方は、大変少なくなっていると思っています。昨今見かけるニオイはこうした野性味がある株に比べると、色が鮮明(画像の撮り方も関係しているかもしれませんが)で花型が整っていて、ずいぶん見栄えが良く、優等生が多いように思いますが、昔の原種的ニオイとは少し離れている感じもしています。
当時は、御蔵島産と思われる無銘株を色々集めていましたが、ほとんどは開花株ではなく中小苗程度で、いい花が咲くという言葉を信じて買うしかなかったです。花も咲かずにオシャカになったものも多くありましたし、咲くまでに10年以上かかった株もありました。ハモグリバエまみれの株もありましたが、案外ウイルスはなかったですね。自家災害で半分くらい失ったこともあり、現在まで手元で生き残っている無銘品は10株余り。いまだに増殖かなわず1株だけのものもあります。
ニオイの血が濃い株は、根が少なくバルブが弱かったりで枯死につながるトラブルも多く、なかなか殖えません。オークションにはバックの芽出し苗は出せても、大株を出すのは年数のかかることで、他のエビネとは比べものにならないほど時間と手間がかかってしまいます。また、大株でずっと維持し続けるのも意外に難しく、株の更新をしながら、複数化しておくことを心がけていましたが、ニオイの血が濃いものほど、なかなか思うようにはいかなかったと感じています。
小苗を水苔植えにして育苗するようになって枯死が減ったように思いました。
原種的なニオイのシブリング交配もしますが、古い自然種などニオイの血が濃いと発芽しにくいですね。私のやり方(でいいのかどうかわかりませんが)では、播種翌年になってようやく発芽をはじめるものが多く、ビン出しまで2年以上かかるのはザラです。先週ビン出しした苗は播種後2年半もかかっていて、まだ出せないビンもあります。少しコオズっぽい血が入ると発芽がよく、後の生育も順調で苗づくりはずいぶん楽な気がします。特別な技術はありませんね。
個人的趣味でのニオイの増殖、種の存続は厳しいと感じており、確実に御蔵島産と確信できるものは、いつの日か ふるさと御蔵島の自然にお返しできればいいなと思っています。