災難
1990年代前半に家を建てて移り住みました。家の横に2坪あ まりの栽培小屋を手作りし、栽培に励むようになりました。自家交配の花も開花するようになり、また業者の交配苗も買って育てていました。一方で仕事はどんどん忙しくなって世話が十分にできなくなっていきましたが、忙中のオアシスとして心を癒やしてくれるかけがえのない存在でした。
そうした中、突然大きな災難が起きました。秋の夜中、自宅が全焼し、蘭小屋も焼け落ちました。焼け跡に呆然と立ち尽くす自分がいました。幸い家族にけがはなく、他への延焼も免れ、何とか早く立ち直ろうと思った矢先、今度は心臓の不整脈がひどくなり手術。しかし逆にこれで吹っ切れた気がしました。強く前を向いて生きようと決意を新たにしたのでした。
蘭のこと・・・正直、蘭どころではありま せんでした。そして焼け落ちた小屋を見るのも辛く、しばらく放置状態でしたが、焼け跡から何か声がするような気がして足を踏み入れました。棚が崩れ落ち、プラ鉢が炎の熱で溶けて焼けただれている中で、バルブに緑が残っているものをダメ元でプラ鉢に仮植えしていきました。しかしあれほど集めるのに苦労したニオイエビネの無名優品はほとんど焼け尽くされて失ってしまいました。この仮植えのバルブがだめならもうやめようと思いました。
再起
庭の片隅にある白木蓮の木も半分が無残に焼けて幹の皮がはがれたにも関わらず、翌春には、いくらかの花を咲かせました。隣地への延焼を体を張って防いでくれた樹でした。痛々しい幹を何度もさすってやりま した。
季節が進み、願いが天に通じたのか、エビネのバルブから新芽が出てきているではありませんか。まぶしいばかりの美しい緑の芽が・・・こんなに新芽がきれいに愛しいと思ったことはありませんでした。きっとまた花を咲かせてやるぞと決意したのです。
たまたま別のところに災難を免れた株がいくらかあり、自家交配苗の株のうち、その年唯一、励ましてくれるかのように懸命に咲いた花(下の画像)がありました。今では力がついてよい花に育ちました。
自家交配の花
当時は貧弱な姿でしたが充実して良くなりました(流星晃×紫錦閣)
新しい栽培小屋を自力施工で建て、栽培環境を整えることができました。エビネの数は大幅に減りましたが、一緒に頑張ろうと声を掛け合い、焼け滅んだ株の分も生きようとするのか再起したエビネは不思議なくらいどんどん生長していき、3年目くらいからは花を咲かせるにまで大きくなった株も出てきました。そして少しずつ新たな品種を入れて交配も復活しました。気がつけば蘭に背中を押してもらってここまで復活できたのだと思います。不思議な蘭力を感じます。白木蓮は焼けただれた幹が新たな樹皮に巻き込まれ、立派に立ち直りました。毎年きれいな花をたくさんつけ、我が家の天上の花となっています。
現在
今、エビネは交配実生苗を除いて約300鉢程、カンラン50鉢、シュンラン20 鉢、細葉恵蘭、富貴蘭、長生蘭、シランなどを栽培しています。ここ数年は株が増える一方で、仕事が忙しく、世話が行き届かなくなり、もう栽培できる限界を超えています。交配苗を育てるスペースもなくなりました。手抜き栽培で蘭たちに悪いことをしてきましたが、今年は初心に返ってボチボチ植替えなどに励んでいます。栽培経験があり、かわいがってくださる方へのお譲りも何とか考えたいと思っています。
春のエビネ小屋
2015.5の様子
次回からは、今から20年くらい前の栽培管理ノート(火災で半焼け、水浸しになり判読難)などを振り返りながら、内容を修正、加筆して書いていきたいと思います。自分の覚えとしてメモ的に書きますので読みづらいと思います。つきあいきれんと思われたら、どうぞ閉じてくださって結構です。訪問していただけただけでうれしく思います。よろしくお願いします。